第6回 福祉情報技術とストラテジー(2/3)

また,発表者が “Struct(構造)” や “Strategy(戦略)” という単語をよく使っていたのが印象的です。特に,福祉技術の世界では,現場の個別性を重視するあまり,汎用性のない技術や方法でその場しのぎの対応になりがちです。その経験も体系化されず,個人レベルの経験となり,他の人に引き継がれることがありません。例えば,特別支援学校(養護学校)などにおいても,パソコンが得意な教諭がいる時はスイッチなどをいろいろ工夫してパソコンを使っていても,その教諭が異動になるとまったくパソコンを使う環境が変わってしまい,残されたスイッチやパソコンはホコリをかぶってしまうというのはよくある話です。NPOなどの組織も,組織として機能せず個人が組織を名乗っているのが現状です。組織として継続的に活動できるNPOはごく少数と思われます。ある方は,NPOはNon Profit Organization ではなく,NPP:Non Profit People だと話していましたが,まさにその通りでしょう。

CSUNにおいても,そのような指摘がされていました。AACなどを世の中で生かしていくためには,意識的に継続性と最大の効果的を狙った“構造”と“戦略”が必要であると。そして,私にとってもっとも刺激的だったのは多くのプレゼンテーションの中で,個々の技術が云々というだけではなく,それを実現するためのフレームも合わせて発表されていることでした。つまり,AACに関する技術を扱うのと同じくらいのボリュームで,その技術を最大限に活かすための仕組みも合わせて考えているということです。


写真3:サンディエゴは海軍の街(航空博物館にて)

日本においては,その発想はいまだ脆弱と言わざるを得ません。個別の技術をブラッシュアップするのは日本人の得意とするところです。ただし,規格等を策定して全体として大きな流れの中で物事を具体化する技術はアメリカに大きく譲ります。戦時中,日本は工業製品のかたまりである兵器を構成する部品にメーカー間の互換性がありませんでした。現場の兵士をたいへん困らせました。ほぼ同じ部品でも使い回しができないのです。メーカーの独自規格が原因です。独自規格で差別化をはかり,全体を見通した共通規格化を軽視して顧客の囲い込みをした結果,現場の利便性を大きく損なったのです。それが原因で命を落とした兵士も数多くいたことでしょう。一方,アメリカは,いち早く共通規格を策定し,工業製品にとって過酷な戦場でもメンテナンス性のよい武器を使うことができました。結果として,兵器をより効果的に活用することができました。

アメリカの方が何かとよくて,日本は何でもダメというのは,時代錯誤な指摘だと思われるかもしれません。ただ,福祉情報技術の面においては,日本はアメリカに立ち遅れているのが現状です。事実,福祉情報技術で大きく改善する障害学生への修学環境対策などはアメリカより10年以上遅れているかもしれません。全体を見通した構造化と戦略的に動くスキルが福祉情報技術の世界にも必要です。

プロフィール

伊藤史人
 (いとうふみひと)

一橋大学教員。
電子情報通信学会発達障害支援研究会(ADD)幹事。
専門分野は、ICT(情報通信技術)を利用した障害者のコミュニケーション支援です。
しばらくは医用画像システムを専門としていたことから、その要素技術であるネットワークや画像処理をメインウェポンにして日々格闘中。
現在、勤務大学ではアスペルガー症候群の障害学生の修学支援として、ネットワークを使った遠隔講義を実施中です。
今後は、障害学生の認知数は増加すると見込まれるため、ICTを使った効果的な支援を模索中です。
コラムでは、ICTを使った発達障害の支援方法を中心に、その他の障害についても触れていく予定です。
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