第5回
ICTが人の能力を代替・拡大する (1/2)

前回は最後の部分でひとつ質問をさせてもらいました。

「全盲の人と全ろうの人とのコミュニケーションはどうしたら可能になるか?」

すこし状況を定義します。障害の状態は人によって千差万別ですから,多少実情に合わない点もあるかと思いますが,次の状態を全盲と全ろうの人とします。ここでいう全盲の人は生まれながらにして目がまったく見えませんが,耳は健常者と同じように聞こえます。目が見えませんから,文字の形を正しく認識できていないため書字能力がほとんどなく筆談を使うことができません。仮に書けたとしてもたいへん非効率です。また,全ろうの人は生まれながらにして耳がまったく聞こえませんが,目は健常者のように見えます。耳が聞こえませんから,音声による言語習得が十分ではなく,言葉にならない発声こそできてもきちんと発話によって意思を伝えることができません。

つまり,このふたりはコミュニケーションを取るための重要な情報源を失っているばかりではなく,お互いに有効な感覚や能力で情報を発信することができない状態なのです。たとえ手が触れるくらいに近くにいても,言語による効率的なコミュニケーションを図ることができません。

人同士がコミュニケーションを取る際には,見ること(視覚)と聞くこと(聴覚)に大きく依存します。そしてもっとも効果的なのは発話能力です。会話をする際には,一方が発話し,一方がそれを聞く必要があります。人間には五感があるので,匂い(臭覚)や感触(触覚),場合によっては味(味覚)も情報元となりますが,先の感覚や能力と比べれば比較にならない情報量と言えるでしょう。

さて,話は戻りまして,どうやったらこのふたりは効率的にコミュニケーションを取ることができるのでしょうか。お互いがすぐ近くにいてもコミュニケーションを取る助けにならないのであればいっその事離れていても同じ事。ヒントは身の回りにあるICT(Information and Communication Technology)です。

そのひとつは,あなたもきっと毎日使っているものです。そう,電子メールです。目が見えない全盲の人にとっては,聞くことは得意ですので相手が発信した情報が音声化されていれば完全に理解できます。ということは,全盲の人にとっては,相手がメールで送ってきてくれさえすれば,それを音声合成ソフトウェアで読み上げればよいのです。そして,全ろうの人に対しては普通のメールを送ればいいのです。見ることに関しては健常者と同じです。まさにICTの力です。電子メールという,今となってはありきたりのツール。あとは読み上げ機能の付いた端末があればいいのです。たったこれだけで,かつてはコミュニケーションが取れないはずだった人との交流が可能になったのです。人間の有史以来,別の世界で生きていた人たちが同じ世界を共有できるようになったわけです。ちなみに,読み上げ機能はフリーソフトで実現できますし,iPadやiPhoneには標準で搭載されています。もはや,全盲の人と全ろうの人との恋愛なんかも普通にありえるでしょう。

プロフィール

伊藤史人
 (いとうふみひと)

一橋大学教員。
電子情報通信学会発達障害支援研究会(ADD)幹事。
専門分野は、ICT(情報通信技術)を利用した障害者のコミュニケーション支援です。
しばらくは医用画像システムを専門としていたことから、その要素技術であるネットワークや画像処理をメインウェポンにして日々格闘中。
現在、勤務大学ではアスペルガー症候群の障害学生の修学支援として、ネットワークを使った遠隔講義を実施中です。
今後は、障害学生の認知数は増加すると見込まれるため、ICTを使った効果的な支援を模索中です。
コラムでは、ICTを使った発達障害の支援方法を中心に、その他の障害についても触れていく予定です。
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