第4回
桜前線と支援機器 (1/2)

今,出張のため朝一の東北新幹線に乗って,東京から岩手県盛岡市に向かっているところです。座席はE列,進行方向左の窓側の席。西の彼方には雪をまとった赤城山や榛名山が悠然と構えています。私は都立高校を卒業後,岩手の大学に入学しました。

時は1995年,年始には阪神大震災があり,春にはオウム真理教による地下鉄サリン事件がありました。同時に,コンピュータの世界においても歴史的な年となりました。秋には Windows 95 が発売になり,パソコンの操作体系がコマンドラインの CUI(Character User Interface)によるものから,ウィンドウベースの GUI(Graphical User Interface) にどんどん置き換わっていった時代です。真っ黒の画面に小さな文字をキーボードのみを使ってパチパチと入力して使う環境から,コンピュータをビジュアル的にマウスでグリグリと操作できるスタイルが一般化しました。直感的に利用できる環境が整っていったのです。その簡単な操作性もあって利用者も爆発的に増えていき,オフィスにとどまらず一般家庭にもパソコンが浸透していきました。

通信の世界では,NTTムーバの端末買い取り制度(1994年)が起爆剤となり,携帯電話が一人一台の時代が目前でした。その一方で,1980年代から一部のパソコン利用者で使われていた「パソコン通信」が衰退し,その代わりに「インターネット」が台頭したのです。パソコンはビジネス用途から家庭用途にもすそ野を拡げていったので,パソコンによるインターネット利用は必然的なものだったのでしょう。インターネットは,もともと家庭用に設計されてものではありませんでしたが,その汎用性はこれまでのどんなインフラよりも優れたものだったのです。その事実は,今の生活を考えてみればわかります。

ちょっと昔を振り返ってみましたが,これらのコンピュータを取り巻く環境の変化は障害者にとっても大きな意味がありました。さらに,「障害者の支援機器」に立ち位置をかえて,もう少し時代を振り返ってみます。

障害者向けのICT機器としては,1970年代に開発された視覚障害者向け文字触読装置「オプタコン」がエポックメイキングなものでしょう。アメリカのスタンフォード大学で開発されました。このちょっと怪しい名前のこれは,一言でいえば視覚を触覚に変換する装置。ペン型のカメラで紙の上の文字をなぞると,その濃淡を複数のピンの振動として指に伝える働きをします。文字というのは視覚的には紙とインクのコントラストよって認識できるものなので,それを触読できるようにカメラを入力装置にして物理的情報を変換するのです。オプタコンにより,活字(業界用語では「墨字」といいます)のみならず,本来は触っても感じることのできないイラストなども触覚として認識できるようになりました。ICT機器が人間の能力を代替しはじめたのです。アルファベットは漢字に比べれば単純な形なので,この装置を通して主に英語圏の全盲者でも文字が読み取れる環境ができあがりました。日本では漢字の読み取りに大変苦労したらしく,残念ながらあまり普及していません。一方で,時期を同じくしてデジタル機器の発展とともに,ICTを活用した支援機器の卵たちがいたるところでふ化しはじめました。

そこから少し時代を進めて日本に目を向けると,ゲーム会社のナムコが開発した「トーキングエイド」や「パソパル」などが登場しました。身体的障害由来で情報取得や伝達に困難のある人々にとって大きな助けになりました。これらもICTによる支援機器の成果です。

プロフィール

伊藤史人
 (いとうふみひと)

一橋大学教員。
電子情報通信学会発達障害支援研究会(ADD)幹事。
専門分野は、ICT(情報通信技術)を利用した障害者のコミュニケーション支援です。
しばらくは医用画像システムを専門としていたことから、その要素技術であるネットワークや画像処理をメインウェポンにして日々格闘中。
現在、勤務大学ではアスペルガー症候群の障害学生の修学支援として、ネットワークを使った遠隔講義を実施中です。
今後は、障害学生の認知数は増加すると見込まれるため、ICTを使った効果的な支援を模索中です。
コラムでは、ICTを使った発達障害の支援方法を中心に、その他の障害についても触れていく予定です。
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