第3回 「技術」はあるけど「制度」がない(2/3)

 ヒアリングの結果,遠隔講義に難色を示す教員もいましたが,多くは「問題ない」との回答でした。難色を示した教員の回答としては,映像が流出する可能性があること・ディスカッションができないこと・出席が確認しにくいこと などがありました。なお,教員の中には非常勤講師も含まれていることから,履修期間内に連絡が取れない場合もあり,履修を諦めざるを得ない講義がいくつかあったようです。進級要件に十分な講義数を確保するまでこれらのやりとりが行われ,結果的には必要数を上回る週12コマの受講が可能になりました。

 さて,遠隔講義を実現するために,技術的にはまずはSkype(スカイプ) による配信を検討しました。しかし,Skype は基本的なテレビ電話であり,学生Aもしくは講義中の教員が明示的にコールして接続を確立する必要があります。これは現実的ではありません。インターネットの特性上,接続が切断することは想定しておく必要があり,切断の度に毎度コールするのは教員にも学生にも負担が大きいものとなります。講義室は当然バラバラなので,カメラを固定して設置することができません。学内のインターネット環境の場合,無線LANを利用する以外になかったため,切断の可能性は大いにあったのです。

 次に,Ustream が検討されました。機材や設置方法としては,Skype と同様ですが,一方的に撮影できていれば講義を配信できます。とりあえずは,この方法で遠隔講義を開始することとなりました。比較的高性能といわれるWebカメラを利用してリアルタイム配信し,学内の別室から映像を視聴できる環境が整いました。カメラの設置については,当初は試験的に私や事務職員が行いましたが,しばらくすると地元シルバー人材の方々にお願いすることになりました。やはり,学内の人材では週12コマのカメラ設置回収は手が回らなくなったのです。簡単なマニュアルを整備して,設置の講習会を行ってカメラの設置作業に慣れてもらいました。

 ここで,いくつか技術的な問題が発生しました。学生Aから,黒板が見えにくい・音が聞こえにくい・映像が安定していない と苦情が出たのです。確かに,大学の大教室では黒板は横に長いものがあり,Ustreamを通した映像では文字を読むのに十分な解像度が得られない場合がありました。音については,雑音と教員の声が混ざってしまい聞き取りにくいのは確かでした。さらには,障害由来により音の識別が困難であったようでした。私が聞いたところ,聞きにくいもののそれほど苦労なく聞き取ることは可能でしたが,学生Aにとっては受講できないほどの音声だったのです。映像が安定しないのはインターネットの無線LANのトラフィックが原因でした。無線LANの利用者数が増えるとどうしても映像品質が落ちてしまうのです。場合によっては切断されることもあり,その不安定性に大きな不満を持ったようです。Ustream の設定を調整し,フレームレートを落とすことで解像度を上げたり,ノイズリダクション機能のあるマイクを設置したり可能な限りの対策を行いました。それでも映像については十分ではなかったようです。Webカメラはズームやパンができないため,黒板に死角ができてしまうことが避けられなかったのです。

プロフィール

伊藤史人
 (いとうふみひと)

一橋大学教員。
電子情報通信学会発達障害支援研究会(ADD)幹事。
専門分野は、ICT(情報通信技術)を利用した障害者のコミュニケーション支援です。
しばらくは医用画像システムを専門としていたことから、その要素技術であるネットワークや画像処理をメインウェポンにして日々格闘中。
現在、勤務大学ではアスペルガー症候群の障害学生の修学支援として、ネットワークを使った遠隔講義を実施中です。
今後は、障害学生の認知数は増加すると見込まれるため、ICTを使った効果的な支援を模索中です。
コラムでは、ICTを使った発達障害の支援方法を中心に、その他の障害についても触れていく予定です。
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