第2回 大学入ったのに「講義に出られない…」?(2/2)

 Aさんは留年を繰り返し,もう1年留年すると卒業できない状況でした。単位が取得できなかった理由は「講義に出席できない」です。本人のこれまでの話から,講義に出られない原因はアスペルガー症候群によくみられるものであることが分かりました。まず,履修管理ができていませんでした。また,人ごみや騒音が苦手であることから,講義室での受講にたいへんなストレスを感じていたようです。それらが積み重なり,いよいよ後がない状況になってしまいました。ただし,Aさんの文章能力は極めて高く,レポートの内容はどの科目でも高い評価が得られていたようです。講義にさえ出られれば,十分内容は理解でき,試験にも合格できるのです。つまり,適切な支援によってAさんの困難を取り除いてあげれば,潜在能力を十分に発揮してきちんと単位を取得し卒業できることは間違いありません。

 しかし!本学には,障害学生への支援体制が整っておらず,実は今でも都度体制で対応しています。発達障害に対しては,学内で障害そのものの理解が進んでおらず,脆弱な支援体制です。そこで,今回については保健センターの精神科医が中心となって,発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号)を根拠に支援体制を整えました。まず,Aさんの受講講義の担当教員から特別に許可をもらい,インターネットを使った遠隔講義受講による出席を認めてもらいました。試験はレポートか別室受験で代替してもらいました。なお,教育的配慮から受講場所は自宅ではなく学内の決められた部屋としました。

 遠隔講義は,Skype を使った方法が検討されましたが,同時録画がやりにくいことなどから,自動的に録画もできてセキュリティ設定可能なUstream によるリアルタイム配信を利用しました。幸いにも学内には無線LANが整備されていたので配信のための通信環境は整っていたのです。あとは,支援者が講義室にパソコンとWebカメラを持ち込み,黒板がよく見える位置を確保して配信すればOKのはずですが…。

 Webカメラによるライブ配信を行ったことのある人はわかると思いますが,解像度を高くして安定した映像を送出するのは意外に難しいものです。特に安定しない通信環境では尚更です。無線LANは,その特性上,利用者(接続数)が多くなると安定性が一気に落ちます。遠隔講義で解像度が悪いということは黒板の文字が見えないということです。通信が不安定になり音声が途切れれば,集中力が維持できず結局は受講していても何も頭に入ってきません。さらには,障害由来により音声が聞き取りにくいことも問題になりました。アスペルガー症候群の聴覚特性には,脳の情報処理の問題から必要な音声情報を分別しにくい傾向があります。普通の市販マイクを通した音声ではその傾向が顕著に出てしまいまいた。同時にAさんの使うヘッドフォンの問題もありました。さまざまな技術的な問題がありましたが,単位取得のためには後がなく何とかするしかありません。入学を許可された以上,Aさんは本学で修学する権利があります。限られた支援者と予算の中,試行錯誤して修学支援を行い今では卒業できる見込みとなっています。

 次回,どのように技術的解決を図ったか報告し,合わせて大学における障害学生への支援の問題点などについても考察してみます。

プロフィール

伊藤史人
 (いとうふみひと)

一橋大学教員。
電子情報通信学会発達障害支援研究会(ADD)幹事。
専門分野は、ICT(情報通信技術)を利用した障害者のコミュニケーション支援です。
しばらくは医用画像システムを専門としていたことから、その要素技術であるネットワークや画像処理をメインウェポンにして日々格闘中。
現在、勤務大学ではアスペルガー症候群の障害学生の修学支援として、ネットワークを使った遠隔講義を実施中です。
今後は、障害学生の認知数は増加すると見込まれるため、ICTを使った効果的な支援を模索中です。
コラムでは、ICTを使った発達障害の支援方法を中心に、その他の障害についても触れていく予定です。
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